栗城史多が亡くなった。
エベレストに8度目の挑戦をするも断念し、下山の最中に遺体で発見されたという。
彼の死亡のニュースとともに、ネット上のタイムラインには、彼の「光と影」が、ものすごいスピードで流れていた。
メディアで「ニートのアルピニスト」として取り上げられていた栗城史多の名前は知っていた。友人が、講演会に行ったことがあると話していたのを覚えている。
栗城史多は、”ニート登山家”の名のもとに、情熱だけを燃料にして多くの仲間とスポンサーを集めた、成功者である。
『冒険の共有』を合言葉にした活動は大きな波となり、たくさんの人の心に『一歩を越える勇気』を与えた。
だがその裏側では、周りの心配の声はすべて”ノイズ”と言わんばかりに、まったく耳を貸さなかったという。
あまりに無謀で無計画な挑戦を繰り返していたことも無視できない。
栗城がこだわり続けた『”単独無酸素”なんて嘘っぱちだった』というような噂もある。
私は彼の表面的な活躍以外、何も知らなかった。知ろうとしていなかった。
それ故に、死したあとの彼への賛否両論の声をどこまでも追っている自分がいた。彼のことが気になって仕方がなくなったのだ。
亡くなってから興味を持つなんて、遅すぎるけれど。
彼の真実は、彼の口から語られることはないけれど。
けれども、やっぱりちょっと知りたくて、彼の本を開いてみた。
無謀ともいえる挑戦を続けた男は、何を考えていたのか。何が彼を挑戦に駆り立てたのか。
理解はできなくても、ただ彼の想いに耳を傾けて、今だけ彼のことを一生懸命に考えてみたいと思い、私はこの文章を書いている。
『登山家 栗城史多』は虚飾だったか
酸素の薄い極寒の地では、思考は止まる、体も動かない。
そんな極限の状態で、生への執着が弱ければ、簡単に命を持っていかれるだろう。
死に引っ張られないためには「体力」と「精神力」どちらも最高に高めた状態で挑まなくてはならない。
彼は、どうだったか?
彼の精神力は計り知れないと思う。
初めての海外登山で、壮絶な体験をしながらも北米最高峰のマッキンリーに登頂成功。
その後、「冒険の共有」(登山のインターネット生中継)をするため、金なしコネなしのニートが、情熱だけでスポンサーを集めてしまった。
情熱を保ち続けるにも、極限の状態で生きて帰るにも、強い精神力が不可欠だ。
しかし、「体力」はどうか?
本によると、テレビの企画で栗城の体を調べるという企画があったそうだ。
彼は普段、筋肉トレーニングはしておらず、腕力・脚力・肺活量、すべて平均以下だったという。
ただひとつ、呼吸も心拍数も一定にできる特別な能力があるそうだが。
知人からのエベレスト登山への忠告にも「自分には特別な能力があるから大丈夫。」と語ったそうだ。
これは美談に聞こえるが、私は違和感を覚える。
私が知るアスリートと呼ばれる人は、一人として鍛錬を怠っていないからである。
登山家だって、アスリートだ。
「持って生まれた身体能力が低くても、精神力さえあればなんとかなる。」とでも言いたいのか。
才能も経験もないけど、がむしゃらにやり続けるという精神論だけで登山はできない。
才能は正しい努力で超えることもできるし、経験は積めば積むほど良いはずである。
彼は、自身の鍛錬を怠っているのだろうか?
そんな疑問から、なんとなく、地に足のついていないふわっとした夢を語っている印象を持ってしまった。
彼は登山家である自分を虚飾し、演じている部分もあったのではないだろうか。
”生”に執着しながらも、”死”に惹かれ、その手を伸ばした男。
登山家は、死と隣り合わせである。
世界最高峰のエベレストに挑む人は皆、頂上に立つことよりも生きて帰ることを目標としなければならない。
”栗城さん、生きているからこそ
次に挑戦できるんですよね
生きて必ず帰ってきてください”生きて帰る。
生きて帰ります。
「NO LIMIT 自分を越える方法/栗城史多」より一部抜粋
彼の2010年からのエベレストへの挑戦は、失敗続きだった。
2012年には下山で深刻な凍傷を負い、手の9本の指の第二関節から先を失った。
その原因は、スマホを使いたいからと指なしのグローブをはめていたからとも言われている。
そのほかにも、急なルート変更、誰も成功したことのないルートへの無謀な挑戦、「単独無酸素」というこだわり、目指す「冒険の共有」も満足に出来ていなかった。
体調不良で途中下山も多く、準備不足・実力不足が拭いきれない。
エベレスト登山も、登山家のことも詳しくない私でさえそう思うのだから、登山家の鳴らす警鐘の根拠も十分だと感じる。
彼は本の中で、「死を隣に感じる環境にいるからこそ、生きていることを感じられる」と語っている。それこそが、最高峰を目指す理由だと。
もしかすると、生きて帰ることを一番の目標と言いながらも、「死の隣にいること」に執着していたのではないか?
みんなに勇気を与えるため、冒険の共有をするためというなら、敢えて登頂できる確率が限りなく低いルートを選ばずに頂上を目指しても良かったはずだ。
極限の場所では、いつもすぐ近くで死が手を差し出してくるのだと思う。一歩踏み外せば、少しでも心を許せば、飲み込まれてしまう。
死の直前に彼の心に忍び寄ったものの正体はなんだろうか。
挑戦をアイデンティティにした男の暴走
スポンサーやたくさんのステークホルダーを抱えて、挑み続けることにプレッシャーがないわけがない。
「勇気を与える」には、成功が不可欠だ。だから何度でも、成功するまで挑戦し続ける。そして、それをエンタメとして提供することでスポンサードを受けていたわけなので、当然パフォーマンスも求められるようになっていく。
それが、登山家にとってはノイズとなりえないか?
エベレストに挑む者はただクリアな精神で臨むべきと考える。余計な雑念は死を意味すると思うからだ。けれど、そういうわけにもいかない事情もある。エベレストに挑戦しては断念をくりかえすうち、ルート設計も無謀で、肝心のライブ配信もほとんどされず、めちゃくちゃだったという。それを暴走と捉える人も多かった。
そう考えると、遅かれ早かれ、彼は山で命を落としていたのではないかと、どうしても感じてしまうのだ。
たとえ、エベレストに登頂成功してもしなくても、こんなことを繰り返していたら、死は時間の問題だった。
彼の生への執着は、裏を返せば「死」への憧れである。
そして、エベレストは彼の成功も過ちも、彼を応援する人の想いも、批判の声も、すべてを飲み込んでしまった。
『登山家』を演じ続けた男
彼の生前、何も知らない私はこう考えていた。
みんな色々言うけれども、プロの登山家を名乗っている人ではあるわけだから、
彼はこれからも幾度となく挑戦を繰り返し、挫折も敗退も経験して、きっとエベレストの頂上に立つのだろう。
あるいは、年を重ね若い頃の冒険の数々を講演会やテレビで語ったり、勇気を与えるメッセージ満載の著書をいくつも残したりするんだろう。
今思えば、彼にそんな定石の未来は似合わなすぎる。
だって、『登山家』である自分を造り上げて、演じていたようなものだから。
でもそれに気づいていない彼が、素の自分に戻ることはなかっただろう。
おわりに
彼のことを考えてみたけれど、やっぱりよくわからなかった。光と影、どちらも濃すぎて。
突き抜けたポジティブさと、
感謝の気持ちを常に持ち、
挑戦することの大切さを全力で発信し、
一歩を越える勇気を自らの人生で証明した人。
なんて、眩しい人生だろう。
栗城史多という人は、散る瞬間に一瞬大きな光を放つ星のような、強烈な印象を残した人だった。
ご冥福をお祈りします。